泣ける場所があるのなら思う存分泣いたらいい

胸が苦しくて、痛くて張り裂けそうで、でも、その痛みを周りに気付かれないように平然とした態度をとっていた。だけど、苦しさは増すばかりで、全然胸の苦しみが取れない。むしろどんどん酷くなっていくような感じがしていた。必死にこみ上がってくるものを飲み込み笑顔で対応しようと思っていたけれど、それにも限界が来てしまった。込み上げているものくるものの存在に気付かず、そして頬を伝う暖かいもので自分が泣いていることに気付いた。だけどもわからないのは自分が泣いている訳。
今、している何かに対して悲しいとか怒りとかの感情を感じることなく、何故、自分が泣いてしまっているのかさえわからない。なんだかわからないまま自分は壊れてしまったのだろうかと思った。
でも、思考はちゃんと働いている。では何故泣いているのか?自分が自分の心を理解しようとせず、その心を欺き続けたから。心がもう限界だという悲鳴を上げていたのにかかわらず、気付かない振りをしていた。
だから、そう、押しとどめていた感情が表に出てきてしまった。思わず、表に出てきた感情に戸惑いつつも人の視線が気になりそこにいることが出来なくて走り去った。できるだけ誰もいないところへと。もう、昔の面影はないが、畑の中に大きな木が一本立っており、そこへ来ていた。
そして、今までの事を思い返してみた。知らない振りをしていても、心は正直で思い返せばすぐにその情景が思いかけされた。今まで思い出せなかったのは動揺の為でもあり、思い出したくないという拒絶が強かったからのようだ。そう、私は思い出したくなかった。できる事ならずっと心の内に仕舞い込んでおきたかったものだった。再び涙が零れた。情けなく恥ずかしさもあったが、駆け込んだ場所には幸いにも誰も身近におらず、私の存在に気付くものなどいなかった。
私は木の足元に座り込み頭を抱え、まるで神経の糸が切れてしまったように泣き出し、抑えていた嗚咽が喉を割いて出てきた。流れゆく涙は抱え込んだ枷を外していくように流れていき、服に沁みを作っていく。泣ける場所があるのなら泣いて心の痛みを癒せばいい。そうすれば、次の日にはまた心から笑えるだろう。